大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)70号 判決 1963年6月26日
第六九号事件被控訴人・第七〇号事件控訴人 永田新九郎
第六九号事件控訴人・第七〇号事件被控訴人 宗和竹二 外一名
第七〇号事件被控訴人 中野勇作 外一名
主文
第一、一審原告永田新九郎の一審被告宗和竹二に対する控訴に基き原判決中一審原告の一審被告宗和竹二に対する請求に関する部分を左のとおり変更する。
一、一審被告宗和竹二は一審原告に対し、一審原告から金一一五万円の支払を受けるのと引換えに、神戸市生田区加納町五丁目二三番地上家屋番号二三番木造瓦葺二階建工場一棟建坪八坪二階八坪を明渡し且つその敷地八坪を引渡し、右建物につき昭和三六年六月五日売買に因る所有権移転登記手続をせよ。
二、一審原告の一審被告宗和竹二に対するその余の請求を棄却する。
第二、一審原告の一審被告長谷川兼吉、同中野勇作、同中野恵美子に対する各控訴並びに一審被告長谷川兼吉、同宗和竹二の各控訴はいずれもこれを棄却する。
第三、訴訟費用は一審原告と一審被告宗和竹二の間に生じたものは第一、二審を通じこれを一〇分しその二を一審原告、その八を一審被告宗和竹二の各負担、一審原告と一審被告長谷川兼吉の間に当審において生じた費用は各自の負担、一審原告と一審被告中野勇作、同中野恵美子の間に当審において生じた費用は一審原告の負担とする。
事実
昭和三七年(ネ)第七〇号事件控訴人(同年(ネ)第六九号事件被控訴人、一審原告)は第七〇号事件に付「原判決中一審原告敗訴の部分を取消す。被控訴人(一審被告)宗和竹二は一審原告に対し神戸市生田区加納町五丁目二三番地上家屋番号同町二三番木造瓦葺二階建工場一棟建坪八坪二階坪八坪を収去してその敷地を明渡せ。被控訴人(一審被告)長谷川兼吉は一審原告に対し右同所同番地上家屋番号同町二三番の六木造瓦葺二階建工場一棟建坪八坪二階坪八坪を収去してその敷地を明渡せ。被控訴人(一審被告)中野勇作、同中野恵美子は一審原告に対し前記家屋番号二三番の家屋の中階下七坪五合より退去してその敷地を明渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(一審被告)等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第六九号事件につき控訴棄却の判決を求めた。
昭和三七年(ネ)第六九号事件控訴人(同年(ネ)第七〇号事件被控訴人一審被告)宗和竹二、同長谷川兼吉は第六九号事件に付各「原判決中一審被告等各敗訴の部分を取消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決、第七〇号事件に付各控訴棄却の判決を求めた。
昭和三七年(ネ)第七〇号被控訴人(一審被告)中野勇作、同中野恵美子は各「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決を求めた。以下永田新九郎を一審原告、宗和竹二、長谷川兼吉、中野勇作及び中野恵美子を各一審被告と呼称する。
当事者双方主張証拠の提出援用認否は、
一審原告において、
借地法第一〇条に基く建物買取請求権は土地の賃借権の譲渡又は転貸を受けた者に与えられた権利であつて、右譲渡又は転貸と同時に発生し、土地賃貸人が右譲渡又は転貸の承諾の拒絶を待つて発生するものではない。民法第六一二条により賃借権の譲渡又は賃借物の転貸をする場合には必ず賃貸人の承諾を得ることを要し、その承諾を得ないで右譲渡等をした場合には譲受人又は転借人は直ちに賃貸人に対しその承諾を求むべく、賃貸人がその承諾を与えない場合には建物買取請求権を行使すべきである。そして賃貸人の方で譲渡や転貸の事実を発見して異議を述べるまで右買取請求権の消滅時効が進行しないとすれば不誠実な賃借人や譲受人、転借人が譲渡等の事実を秘匿する限りは買取請求権の時効はいつまでも進行しないという不条理な結果となり時効制度の趣旨にも反すると解せられる。建物の買取請求権は賃借権の譲受又は賃借物の転貸と同時に発生し且つ行使し得るものであるから民法第一六六条に従いその消滅時効の起算日は右譲渡又は転貸の日とすべきものである。
弁済期の定めのない消費貸借上の債権についての消滅時効の起算日が弁済期到来の時でなく貸借成立の時とせられるのは、若し弁済期到来の時とすれば民法第五九一条の規定により債権者が期間を定めて催告しない限り弁済期は到来せず結局その債権はいつまでも時効消滅しない不合理を生ずるからである。買取請求権もその消滅時効の進行に関しては右消費貸借上の債権と同様に解するのが相当である。
乙号証の成立はいずれも不知。
と述べ、
一審被告宗和竹二、同長谷川兼吉において、
土地賃貸人の賃借権譲渡又は転貸に対する承諾の方式につき神戸市においては敷金を増額授受若しくは賃料増額することによつてする慣習が存する。
本件土地の賃借人橋本岩雄が一審被告宗和に賃借権を譲渡するにつき一審原告が黙示の承諾を与えたものと認められる根拠は次の(一)から(五)までの各事実による。すなわち、(一)、一審被告宗和が買受けた本件地上の建物に巨額の費用を投じて造作模様替等の工事をし、空洞状態にあつた階下部分を住居に改造した実情を一審原告は目撃承認し、(二)、一審原告は一審被告宗和から賃料額に相当する贈答品を盆暮に受領し、(三)、一審被告宗和から一審原告に対して貸借条件を改訂して賃貸借を同人との間に継続すべきことを申入れ数回面接しているのに一審原告は拒絶の意向を明示しないばかりか時には右申入に応ずる意向があるかの如き態度を示し、(四)、橋本岩雄も一審被告宗和に地上建物を売却した当時一審原告に対して橋本の借財整理の必要上右建物の処分をしたことを告知したがその後も本件土地の賃料を従前通り橋本から受領し、一審被告宗和は昭和二六年九月一日一審原告が橋本に対して賃貸借契約解除の通告するまでは本件土地の賃料を橋本に託して支払をしていたのである。
借地法第一〇条に基く地上物件の買取請求権は賃貸人が土地賃借権の譲渡若しくは賃借地の転貸に承諾を与えず賃貸借解除の告知があつて始めて発生し、その消滅時効もその進行を開始するのであつて、単に賃借権の譲渡若しくは転貸をしたという事実のみでは足りないと解せられる。民法第六一二条に定める承諾をするかしないかは賃貸人の権利でその行使があつて始めて買取請求権の発生不発生をみる。しかしながら賃借権の譲受人若しくは転借人の方から賃貸人に対し右承諾するか否か確答すべき旨催告する法律上の義務はないものと解せられる。
次に一審被告宗和、長谷川が買取請求をした本件土地上の建物の価格は買取請求権を行使した当時の時価たるべきものであるが、その時価の額を判定するについては建物の新築価額、取り毀つた価格又は借地権の価値を一切斟酌しない価格ではなく建物の価値の中に当然含まれるべき土地利用に関する価値も斟酌しなければならない。したがつて本件建物の貸借につき授受されるべき権利金や老舗料の額等も最小限度においては考慮せられなければならない。
なお一審原告が橋本岩雄との本件土地賃貸借契約を賃借権の無断譲渡を理由に解除した、というが、一審原告は本件土地の外にもその周辺に土地を所有しているが、これらの所有地はすべて多数人に賃貸しその賃料収入を主要な生活資料に供しているのであつて、一審原告にとつては右賃料収益の確保だけが右所有地の利用に関する最重要事項と認められる。そして一般に土地所有者が初めから賃料収益を目的として賃貸する通常の土地賃貸借にあつては借主の個性の如何は重要事ではなく、借主は何人であらうと賃料さえ確実に収取し得れば貸主の本来の目的は達せられたものということができるのであるから賃料収取の実現に格別の支障を招来しない限り賃借権の譲渡や転貸はそれだけでは未だ賃貸人に対する賃借人の背信行為と認めるに足らず、若し未だ背信行為と認めるに足りない場合には単なる譲渡転貸の事実のみの故を以つて民法第六一二条の解除をすることはできないものと解すべきところ、橋本岩雄の一審被告宗和に対する本件土地賃借権の譲渡は却つて一審原告に有利な結果をもたらすものであるからこれをもつて背信行為と認めることを得ず本件賃貸借契約解除は無効である。
と述べ、<立証省略>た外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。
理由
一審原告は当初は岡田重義及び松本重作両名との共有であり、その後一審原告と永田益造との共有となつた土地であつて、他の共有者等からその管理を託されていた神戸市生田区加納町五丁目二三番地宅地一二〇坪三勺の中三四坪三合(以下これを本件土地と略称する)につき一審原告の単独名義をもつて昭和二一年八月一日橋本岩雄を借主とし、建物所有を目的とする賃貸借契約を締結したことは当事者間に争がなく、原審における証人橋本岩雄の証言によつて成立の認められる甲第一号証によれば、右賃貸借契約書に約定の条項として「賃貸借期間を昭和二一年八月一日以降昭和二二年七月三一日までの一箇年とする。将来都市計画等により立退指令の節は他に移転する。借地上の建物はすべて仮設物件たるべきこと。」と定められていると同時に「賃貸借期間満了の時は賃借料と共に協定する。賃貸借期限並びに賃料は双方より申出のないときは更に一箇年宛継続するものとする。」旨の条項が約定せられていたことが認められ、右条項の内容を総合考察すると契約書記載の右一箇年の期間は右土地賃貸借の存続期間を一年間に限定したものではなく、当初の約定賃料額はこれを一年間は据置き、一年を経過する毎にその都度当事者の協定によつてその時時の相当額に改訂し得べきことを定める趣旨であつたものと解するのが相当であるし、右契約締結の時期が終戦後僅かに一年を経たばかりで社会経済事情は未だ全く異常な混乱激動の情勢裡に在り、円滑自由な建築資材の入手等全く期待し得ない状況であつたという公知の事実を斟酌するときは、地上に建築せられる建物の構造が仮設的なものたるべきものと表示せられていることをもつて直ちにその貸借が唯一回その地上に設けられた簡易粗雑な工作物が存続する短期間内だけ臨時に土地を貸借する趣旨と解することを得ないし、契約に際し実施の具体的時期までも既に予測し得てこれを掲記したわけでなく唯漠然と都市計画が将来実施せられる場合には土地を明渡すべきものとする条項によつて、右土地の貸借が臨時設備等一時的土地使用を目的としたものと解すべきものでもない。のみならず一審原告は右賃貸借締結後約五年を経過して橋本岩雄に賃貸借解除の意思表示をなし、その理由は橋本が一審原告に無断でその賃借権を他に譲渡したことによるものであつたこと後記認定のとおりであり、原審における証人橋本岩雄の証言及び当審における証人植田作一の証言(上記各証言中いずれも後記措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、一審原告は本件土地の外その近隣に土地を所有しているが、これらの土地はいずれも終戦後あまり年月を経ない時期に多数の者に賃貸し、賃借人はその多数の者が地上に建物を建てこれを店舗として営業し、附近一帯は一の商店街をなし、一審原告は毎月若しくは隔月に三重県下の住所から神戸に来て自ら賃料の取立てをしており、もつぱら賃料収益の取得を所有地利用の方法としてきたものであること、並びに橋本岩雄に対しても、同人においてその賃借権を無断譲渡するようなことをしなければ、一審原告の方では橋本が約五年間も土地を使用し得て既に賃借の目的を達成し得たというような理由を主張して賃貸借を終了せしめるようなことはしなかつたことを認めることができるのであつて、前記説明のような契約の約旨内容と前記認定の事実を併わせ考えるときは、本件土地賃貸借契約は到底これを借地法第九条にいわゆる一時使用を目的としたことの明らかなものと認めることを得ず、通常の建物の所有を目的とする土地の賃貸借と認めるのが相当である。
そして橋本岩雄が右契約に基き本件土地中一六坪上に(一)、家屋番号二三番、木造瓦葺二階建工場一棟、建坪八坪二階坪八坪並びに(二)、家屋番号二三番の六、木造瓦葺二階建工場一棟建坪八坪二階坪八坪の二棟の建物を所有し、昭和二三年一一月二日一審被告宗和竹二に対し右(一)及び(二)の建物並びに本件土地の中右二棟の建物の敷地部分たる一六坪の賃借権を売渡したことは当事者間に争がなく、一審原告が橋本岩雄若しくは一審被告宗和に対し明示の意思表示をもつて右賃借権の譲渡を承諾した事実は、原審における証人橋本岩雄の証言中その旨の証言がある外にはこれを認定するに足りる証拠がなく、証人橋本岩雄の右証言部分も弁論の全趣旨に照らして措信し得ない。
一審被告宗和は、同人が橋本岩雄から右建物を買受けた後これに改造工事を施して階下部分を住宅に変え畳建具を設備してこれに入居し、一審原告は毎月自ら本件土地及びその周辺所在の所有貸地の賃料集金に来て、一審被告宗和が右建物に改造工事を施していること、その完了後同人が右家屋に入居使用していることを目撃しているばかりでなく、右建物譲渡の当時に橋本岩雄から売買の事実の報告を受けているのに拘らず、宗和の土地使用につき異議を申し立てず、また昭和二四年頃以来一審被告宗和が地主に対する謝意と敬意を表明するため年間二回位の割合で引続き贈物をしたところ一審原告はこれを受領し、更に昭和二六年八月末頃以降一審被告宗和から再三本件土地の賃貸借を申入れたのに対して一審原告は拒絶の意思を明示しなかつたのであつて、以上のような事実により一審原告においては一審被告宗和の前記賃借権譲受につき默示の承諾を与えたものと主張する。
しかしながら成立に争のない甲第三号証の一、二、甲第四号証の一、二、甲第五号証並びに原審における一審原告本人尋問の結果、当審における証人植田作一の証言の一部と弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。
一審被告宗和は前記建物及び賃借権を譲受けた後も、一審原告に面接もせず文書による連絡もしないまま約二年半の月日を経過し、昭和二六年八月下旬に至つて始めて一審原告に宛て信書を以つて、橋本岩雄から譲受けた賃借権に基いて本件土地中前記建物の敷地部分一六坪を占有使用していること、改めて一審被告宗和との間に右土地部分の賃貸借契約を締結せられたい旨を申し送り、一審原告は右書面を読んで始めて橋本が本件地上の前記建物とその敷地部分の賃借権を無断で一審被告宗和に譲渡したことを知つた。そこで同月末日頃急遽神戸市に出向いて前記建物の台帳を閲覧してその帰属関係を確知し、また本件土地近辺の一審原告所有地を賃借していた植田作一の宅において一審被告宗和と面接し、その際同被告から前記賃借権の譲渡を承諾するか改めて同人に賃貸借することを求められたがこれを応諾せず、却つて当日の会談の経過を通じ終始、一審原告が宗和の賃借権譲受に対しては承諾を与えない意思であることを推断するに足りる態度を表明したのであり、また一審原告が右会談の日より以前の時期において橋本から土地賃借権を一審被告宗和に譲渡した事実の報告を受けてこれを知りながら、なお橋本から従前どおり本件土地全部の賃料を受領していたという事実はなかつた。一審原告は一審被告宗和と面接した直後の同年九月一日付書留内容証明郵便をもつて橋本岩雄に対し、同人が一審原告に無断で一審被告宗和に賃借権を譲渡したことを理由として本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右書面は同月二日到達した。その後も一審被告宗和は一審原告が賃料の集金等の用件で神戸市に来た機会を据えて再三面接し、本件土地の賃料や敷金の増額にも応ずる用意があるし、若し賃借人橋本に従前賃料の延滞があれば自らこれを負担して支払うも差支ない等、種々の条件を設けて何とか賃貸借契約を締結してくれるよう求めたが一審原告はこれに応じようとはしなかつた。一審被告宗和は昭和二六年八月末頃以後一審原告宛てに盆や暮れの贈物をしたことがあるけれどもそれ以前にはそのような贈物をした事実はなかつた。一審原告は届けられた一審被告宗和の贈物は返却していた。
以上の事実が認められ、原審における証人橋本岩雄の証言、当審における証人植田作一の証言並びに原審と当審における一審被告宗和本人尋問の結果の中右認定に反する部分はいずれも弁論の全趣旨に徴して措信することを得ず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。
以上認定の事実によれば一審原告において橋本岩雄がその賃借土地の中の前記一六坪の賃借権を一審被告宗和に譲渡するにつき、事前にはもとより事後においてもこれに明示の承諾を与えたことはなく、また默示の承諾と解するのを相当とするような事実も何等存しなかつたばかりか、却つて一審原告は一審被告宗和に対し既に前記初対面の際に少くとも默示的に右賃借権譲渡を承諾しない意思を表示したものと認めるに足りる。
一審被告宗和、同長谷川は、一審原告が土地の賃貸人として右賃借権の譲渡に承諾を与えないのは民法第六一二条第一項に基く賃貸人の承諾権の濫用であつて法律上許されないところであると主張し、その根拠の一として、一審原告の不承諾の結果一審被告等が本件地上に築き上げた営業権や老舗の利益が侵害覆滅せられることを挙げる。そこで右主張の当否について考える。一般に土地賃借権の譲渡、賃借地の転貸に関する賃貸人の不承諾が賃借人若しくは賃借権の譲受人や転借人に対する関係の具体的事情に照らして如何に社会観念上不合理にして恣意的態度と認められる場合であつても、その故に法律承諾があつたのと同一に取扱はれ、事実上賃貸人の承諾が存しないのに拘らず賃貸人に対する関係においても賃借権の譲渡や転貸借が有効となるというまでの効果を生ずるとは解せられず、唯場合により賃貸人のこのような不承諾の態度が賃借人に対する関係において信義誠実に反するものとて債務不履行の責に任ずべき原因となつたり、民法第六一二条第二項に基く解除権の不発生若しくはその行使を法律上許されぬものたらしめることがあるに止まると解せられる。そして本件の如く借地法の適用を受けるべき賃貸借においては賃貸人が賃借権の譲渡や転貸に承諾を与えることを拒むならば、同法第一〇条によつて譲受人や転借人の一方的意思表示によつて相当の対価をもつてその取得した建物等地上物件を買取ることを避け得なくなるのであつて、以上のような賃貸人の法律上の地位や不承諾の法律上の意義を考えると、賃貸人の不承諾が常に必ずその利益に、賃借人若しくは譲受人等に不利益に、のみ作用するものということもできない。原審における一審原告本人尋問の結果、当審における証人植田作一の証言の一部並びに弁論の全趣旨によれば、一審原告の本件土地及びその近隣所在の所有土地の利用型態は、もつぱらこれを他人に賃貸して賃料を取得することによつて収益することにあり、自ら地上に建物を所有しその敷地として土地の利用を実現したり、その他土地を自ら直接占有してその使用利益を収取することを意図するものではないことが認められるのであるから、橋本の賃借権譲渡を承諾しないことによつて結局地上建物を買取る外ない結果を招来するに至るべき一審原告の右不承諾を目して権利濫用行為とするのはあたらないものというべく、またたとえ一審原告の右不承諾を権利濫用と評価してみたところで、それによつて関係当事者殊に譲受人たる一審被告宗和の権利や法律上の地位に別段の消長が生ずるわけでもない。賃貸人の不承諾により賃借権譲受人等の受けることあるべき不利益の救済保護は借地法の適用あるべき範囲においては、もつぱら譲受人に地上物件の買取請求権を与えることに尽きるものというべきである。次に一審被告宗和、同長谷川の営業権や老舗の利益は本件係争土地の占有使用を除外しては成立するに由ないものであること事物の性質上明らかであつて、本件係争土地の占有使用は営業権等成立の不可缺の要件というべきところ、一審原告が橋本の一審被告宗和に対する賃借権譲渡を承諾するかしないかということは、正に右一審被告等が一審原告に対する関係において係争土地を正当に使用し得るか否かに直接関することがらに外ならず、営業権や老舗の成立そのものを可能ならしめる前提の成否の問題であるから、一旦成立したと主張する営業権や老舗の利益の喪失を理由として賃借権譲渡に関する一審原告の承諾不承諾の態度の当否をいうのは妥当を缺くものと認められる。
したがつて右一審被告等の権利濫用の主張は理由あるものとすることを得ない。そうすると橋本岩雄から本件土地中一六坪の賃借権とその地上所在の前記建物二棟を譲受けた一審被告宗和は、賃貸人たる一審原告が右譲渡を承諾しないことにより、一審原告に対して譲受建物の買取を請求する権利を有し、その権利は遅くとも一審原告が宗和に対して賃借権の譲渡を承諾をしないことが一審被告宗和に明らかになつたものと認められる昭和二六年八月末日から行使し得べきものと認められる。そして右買取請求権は、権利者たる賃借権及び地上物件の譲受人よりする一方的意思表示のみを以つて、当該地上物件につき賃貸人との間に時価を代金額とする売買契約が成立したのと同一の法律効果を生ずるものであるから形成権というべく、その消滅時効についてはそれが特定の人に対して行使されるものであるところより債権と同視して民法第一六七条第一項を適用すべきものである。したがつて一審被告宗和の一審原告に対する建物買取請求権の消滅時効は、それが行使され得る状態にある時、すなわち前記のように一審原告が賃借権譲渡の承諾の意思表示をしないことが一審被告宗和に明らかになつた昭和二六年八月三一日よりその進行を開始したものと解せられる。
一審被告宗和は前記建物の譲受により直ちに一審原告に対する買取請求権を取得行使し得べく、その消滅時効は右譲受けの昭和二三年一一月二日から進行を開始し既に一〇年の経過により時効完成したという一審原告の主張は当裁判所の採用しないところである。蓋し借地法第一〇条に定める借地上の物件の買取請求権は、賃貸借契約に基き他人の土地を利用し得べき権利を有する者が地上に建物等の物件を所有することによつてその利用を実現している場合に、所有建物の売却等法律上の処分をすることはもとより賃借人において任意になし得るところであるけれども、建物等地上物件に関する権利を移転した場合若しその存立につき事実上不可缺の要素をなす土地使用の権限がこれに伴なわないならば結局建物等の存在も維持することを得なくなることに鑑み、当該地上物件の建物等としての存在を維持して社会経済上の価値を保存するとともに、土地使用が法律上許されないことによつて結局自らはその建物等の使用を継続し得い譲受人のために、その取得のために投下した資本を土地賃貸人の負担において回取し得る途を開き、以つて関係当事者間の公平な利害調節を図り、併わせて間接的に賃貸人の承諾を強制することを目的として法律の認めた権利であり、したがつて単に建物等所有権の移転を唯一の要件事実として譲受人がその物につき取得するものではなく、あくまで建物等の新所有者についてもその存立に不可缺の土地の賃借に因る利用権を存続せしめることを期待しつつ、賃貸人の側の不承諾の結果遂に所期の目的を達することが不能に確定するに至つたという関係があつて始めて前記説明のように買取請求を認める実質が具備せられたものということができるからである。
次に前記甲第五号証と原審における一審原告本人尋問の結果、当審における一審被告宗和竹二本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨によれば、一審被告宗和が昭和二七年一〇月三〇日一審被告長谷川兼吉に前記(二)の建物と先に橋本岩雄から譲受けていた前記一六坪の土地の土地賃借権中右(二)の建物の敷地部分約八坪の賃借権を譲渡したことが認められ、原審における一審被告宗和竹二本人尋問の結果中右譲渡の日時に関する右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。ところで一審原告は前記認定のように本件土地の賃借人橋本岩雄が無断で宗和に賃借権を譲渡したことを理由として賃貸借解除の意思表示をなしたものであるところ、一審被告長谷川において右解除の効力を争うのでこの点について考察する。
本件土地賃借権譲受後における一審被告宗和と一審原告間の交渉に関する前記認定の経過によれば、宗和は昭和二六年八月末日頃以後一審原告に対し再三敷金や賃料の増額の申出にも異議なく応諾するとの意向を表明した事実は存するけれども、同人が一審原告に対してこのような態度を示したのも、賃借権譲受の後二年以上も経て昭和二六年八月末頃初めて一審原告に面接した際永田が右賃借権譲渡を承諾しない意思を示したことに対するものであつたことが明らかであるから、右賃料等増額に応ずるとの態度を示したという一事をもつて、一審被告長谷川の主張する如く直ちに宗和に賃貸する方が橋本岩雄に賃貸するよりも、賃貸借による本件土地の利用、賃料収益の実現につき一審原告にとつて必ずより一層有利な結果を招来し得るものと断定することはできないし、現に前記認定のとおり賃借人橋本は一審原告に対し右賃借権譲渡をその当時にも、それ以後にも何等知らせるところなく、賃借権を譲受けた宗和も譲受後二年間以上に亘つて自ら直接一審原告との間に本件土地の使用に関し何等の交渉や連絡もしなかつた事蹟を考えあわせると、一審被告宗和等が主張するように「賃借人橋本はその賃借権を一審被告宗和に譲渡することによつて却つて事実上賃貸人たる一審原告の利益を図つたことに帰するものであつて、このような橋本に対する宗和の賃料敷金等本件土地使用の対価負担の経済力の優越性の故に、賃借人の行為として右賃借権の譲渡が賃貸人に対する関係において何等背信性を帯びるものでない。」などとは到底認めることを得ず、その他橋本の宗和に対する賃借権譲渡をもつて背信行為とならないものと認めるに足りる特段の事情の存在を認めることを得ない。したがつて一審原告と橋本岩雄間の本件土地賃貸借は昭和二六年九月二日限り解除に因り少くとも前記一六坪を目的とする範囲につき消滅したものというべきである。そうすると一審被告長谷川が前記(二)の建物とその敷地である本件土地中の八坪の賃借権を譲受けた当時にはもはや一審原告と橋本岩雄間の原賃貸借契約に基く賃借権は消滅していたことが明らかである。しかしながら(二)の建物についても一審被告長谷川の前主たる宗和は既に借地法第一〇条に基く買取請求権を有していたこと前記説明のとおりであり、その後に生じた原賃貸借の消滅は一審原告が民法第六一二条第二項に基き解除したことに因るものであつて、賃借人橋本の賃料不払その他賃貸借契約上の債務不履行を原因とするものでないから、一旦一審被告宗和の取得した右買取請求権の存続や効力に対し何等の障碍を及ぼすものではない。そして借地法第一〇条に基き一旦建物等地上物件の買取請求権が発生すれば、爾後は当該地上物件の所有権に付従する権利として所有権と共に移転承継の目的となり得るものと解するのが相当であるし、また地上物件につき既に買取請求権を取得している賃借権の譲受人が更に右物件を譲渡した場合にはその転得者において、右譲受当時までにその敷地につき別途土地賃貸人との間に改めて直接賃貸借その他土地使用の権原を成立せしめるとか、転得にあたつて地上物件の存続を前提とせず、たとえば地上建物を引続き建物として存続せしめこれを取得することを目的とするのでなく、取得後直ちにこれを取毀つてその用材を利用することを意図したものであることが明らかな場合等特段の事情がない限り、地上物件の買受に因つてその所有権と共に右買取請求権をも前主から承継するものと解するのが相当である。蓋し土地の賃貸人としては既に地上物件の転得が行なわれないとすれば買取を請求される地位に在つたものであるから、転得者にその買取請求を許してもそのために不測の損害や不利益を受けるものとは認められない反面、転得者に買取請求を認めることによつて当該物件の有する社会経済上の効用その他の価値が維持され買取請求の制度を認めた借地法第一〇条の趣旨も貫徹せられるからである。
そうすると前説明のような譲渡に関する特段の事情を認むべき何等の証拠がない本件においては、一審被告長谷川は一審被告宗和から(二)の建物を譲受けたのに伴つて一審原告に対する右建物の買取請求権をも承継したものと解するのが相当であり、その消滅時効の起算日は早くとも一審被告宗和においてこれを行使し得べかりし前示昭和二六年八月末日以前ではあり得ないことは明らかである。
そして一審被告宗和及び同長谷川両名が昭和三六年六月五日午後一時の原審口頭弁論期日において一審原告に対し、宗和は前記(一)の、長谷川は前記(二)の、各建物の買取請求の意思表示をなしたことが記録上明らかであつて、右買取請求は前記のようにその権利を行使することを得るに至つた昭和二六年八月三一日から一〇年の時効期間の満了する昭和三六年八月三一日以前に行使せられたものであつて、一審原告の買取請求権時効消滅の抗弁は理由がないから、右(一)の建物については一審被告宗和を売主、一審原告を買主とし、(二)の建物については一審被告長谷川を売主、一審原告を買主として、いずれも昭和三六年六月五日当時の各時価相当額をその代金額とする売買契約が成立したものといわなければならない。そして原審における鑑定人堂内長左衛門の鑑定の結果、右各建物の前記のような構造種類、前記甲第四号証の一及び甲第五号証によつて認められる各建物についていずれも昭和三六年二月二八日決定せられ家屋合帳に登載せられている同年度の賃貸価格は各金三九万七、四〇〇円であること、並びに原審における証人橋本岩雄の証言と当審における証人植田作一の証言の各一部、原審における一審原告本人尋問の結果、当審における一審被告宗和竹二本人尋問の結果によつて成立の認められる乙第二号証の一及び右本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を総合して本件土地が神戸市内東部の最も繁華な商業地域である三宮センター街の北側に近接した位置を占め商業経営上きわめて有利な地理的条件を具備していることが認められること等を斟酌考量するときは前記(一)の建物の昭和三六年六月五日当時の時価は金一一五万円、(二)の建物の右同日の時価は金一二〇万円と評定するのが相当と認められ、右評価額の相当性を覆えすべきものと認めるに足りる何等の証拠資料もない。
なお前記鑑定人はその鑑定意見において前記(一)の建物の評価に関し、一審被告宗和がその建物の階下部分を他に賃貸し敷金二五万円を受領している事実を挙げ、評価の基礎たるべき爾余の諸般の事項に基き先ず算出評定した価額から右敷金相当額を差引くべきものとしている。そして一審被告宗和の右建物の買取請求に因つて一審原告はその所有権を取得すると共に若し従前宗和が第三者に対して右建物を賃貸しているならば一審原告において右賃貸借上の貸主たる地位をも承継し右敷金関係も一審原告に引きつがれることは明らかであるけれども、借地法第一〇条所定の時価とは一般取引上客観的に相当な価格を意味するものと解せられるのであつて、必ずしも当該場合の買取の目的物につき利害関係人間に現存する具体的事情に従つて決せられるべきものではないから、前記(一)の建物の時価を算定するにつき現に授受せられている敷金の額を控除項目として斟酌したことをもつて強ち不当と認めることはできない。
以上説示したところによつて、一審被告宗和は一審原告から前記(一)の建物の代金として金一一五万円の支払を受けるのと引換に一審原告に対して、右建物を明渡し且つその敷地八坪を引渡し、右建物につき昭和三六年六月五日売買に因る所有権移転登記手続をなす義務があり、一審被告長谷川は一審原告から前記(二)の建物の代金として金一二〇万円の支払を受けるのと引換えに一審原告に対して右建物を明渡し且つその敷地一八坪を引渡し、右建物につき昭和三六年六月五日売買に因る所有権移転登記手読をなす義務があることが明らかである。
次に一審原告の一審被告中野勇作、同中野恵美子に対する請求につき判断する。
一審原告が本件土地を所有することは一審被告中野勇作、同中野恵美子両名の認めるところであり、一審原告の右土地所有が理由冒頭記載のように共有であつて同人は他の共有者からその管理を託されているものであること並びに右一審被告両名が前記(一)の建物の階下七坪五合の部分及び本件土地中の右建物の敷地部分を使用していることはいずれも右一審被告両名が明らかにこれを争わないから自白したものとみなす。しかしながら右一審被告両名が当審における主張として授用した原判決の記載(原判決八枚目裏末行から二行目の「同被告は」以下九枚目表二行目「承継することになる。」まで)によればその主張内容は、一審被告中野恵美子は一審被告宗和竹二から前記(一)の建物の階下を賃料一ケ月一万三、〇〇〇円で賃借し敷金二五万円を宗和に交付し、この賃貸借契約に基いて一審被告中野恵美子は右建物の階下を占有使用し、一審被告中野勇作は中野恵美子と同居して同人の右建物占有を事実上補助しているに過ぎないものという趣旨と解せられる。そして原審における一審被告宗和竹二本人尋問の結果の一部と弁論の全趣旨を総合すれば、一審被告等両名の右主張事実を認めることができ、右認定に反する証拠はないから、一審原告は一審被告宗和の前記建物買取請求の意思表示に基き前記認定のとおり(一)の建物の所有権を取得するとともに、一審被告宗和と一審被告中野恵美子の間の前記認定の賃貸借につき貸主の地位を承継したものというべきであるから賃借人中野恵美子に対してはもとより、賃借人の貸借建物の占有使用につき事実上賃借人を補助する地位に在るにすぎず、自らその建物につき独立の占有を有するものと認め得ない一審被告中野勇作に対しても、右建物より退去してその敷地を引渡すべきことを求める一審原告の請求が理由のないものであることは明らかである。
以上説示したところにより一審原告の本訴請求は一審被告宗和竹二、同長谷川兼吉に対し前示各義務の履行を求める限度においては正当であり、その余は理由がないものというべきであるから、これと一部趣旨を異にし、一審原告に対し引換給付として一審被告宗和に金一一五万円を超過する金額の支払を命じた範囲において原判決は失当であり、その余は正当であるから、一審原告の控訴に基いて原判決中の右失当な部分を変更して、一審被告宗和に対して一審原告から金一一五万円の支払を受けるのと引換えに前記(一)の建物の明渡、その敷地の引渡並びに右建物の所有権移転登記手続をなすべきことを命じ、一審原告の一審被告長谷川兼吉、同中野勇作、同中野恵美子に対する各控訴並びに一審被告長川兼吉、同宗和竹二の各控訴はいずれも理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九六条、第九二条を適用し、本件については判決に仮執行の宣言を付しないのを相当と認めてこれを付しないこととし主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)